夏目漱石の『文学論』を読みとく

長谷部さかな 著
 
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最低の結果
   2007/6/1 (金) 08:04 by Sakana No.20070601080415

6月1日

「今日は外出するので、漱石先生の文学講義の
おさらいはお休みさせてください」
「だめだ。うんとかすんとかいえ」
「すん」
「すんですむと思っているのか」
「すみません」
「では、こちらから質問しよう。漱石が列挙
した文学の形式のうち、I-(A)智力的要求を満
足さすので面白味を感ずる形式の例としてき
みは『草枕』の名文をあげたが、なにごとも
バランスが必要だ。逆に面白味を感じない形
式の例もあげてくれ」
「それはいくらでも例があります。こんなの
はどうでしょう。<僕等の祖国は太平洋戦争
が最低の結果に終わったので大きく混乱した>」
「誰だ、こんな下手な文章を書いたのは?」
「学生のようです」
「一昔前の学生だな」
「この論文の作者は太平洋戦争と書いていま
すが、最近になって、あの戦争は西欧の植民
地主義に対してアジア解放を目指した戦争で
あり、したがって大東亜戦争と呼ぶべきだと
主張する論者が増えてきたようです」
「たしかに、太平洋戦争と大東亜戦争ではニ
ュアンスが違ってくるが、そんなことよりも
問題はこの文章から読者の智力的要求がみた
されるかどうかだ」
「・・・・・」
「そもそも太平洋戦争(あるいは大東亜戦争)
が最低の結果に終わったといえるのか」
「昭和二十年八月十五日に終戦にならず、本
土決戦にまで持ち越されていたら、もっとひ
どい結果になっていたでしょうね」
「一億玉砕、日本人全員死亡──これが最低
の結果だ。その場合、日本人は誰も残ってい
ないのだから、<大きく混乱>することもな
いし、人類のためにはその方がよかったかも
しれない。<最低の結果に終わったので大き
く混乱した>などという安っぽい、非論理的
な文章で読者の智力的要求が大きく混乱する
ばかりだ」
「すみません」
「なにもきみがあやまることはないだろう」
「はい」


雑のもの
   2007/6/11 (月) 17:19 by Sakana No.20070611171905

6月11日

「気を取り直して、漱石先生の文学形式論の
講義についておさらいを続けます」
「好きなようにやりたまえ」
「文学の形式は読者に快楽を与えるように配
列された言葉です。では、どのように配列さ
れた言葉が読者に快楽を与えるでしょうか」
「それは人によって異なり、客観的な物によ
っても異なる」
「漱石先生は、人によって異なるものについ
ては論じる限りではないとして、形式(form)
の客観的条件(objective conditions)を分類
されました」
「その話はもう聞いたよ。要するに、
 I. 意義(meaning)の伝達
  II. 音の結合
 111. 文字の形状
という三通りの形式によって、文学の読者は
快感を得る。そこまではわかった」
「それから、I.意義(meaning)の伝達のうち、
I-(A) 知力的要求を満足さする形式として、
『草枕』の冒頭の文を例に説明しました」
「次の1-(B)は何だっけ」
「雑のもの、です」
「漱石にしては雑な命名だ」
「要するに、単に智力的要求を満足さするの
みでなく、種々の聯想から興味の来るもの、
です」
「例をあげて説明してくれ」
「それでは『坊ちゃん』の蒲団にイナゴを入
れた生徒とのやりとりはいかがでしょうか。

 『篦棒め、イナゴもバッタも同じもんだ。
 第一先生を捕(つら)まえて<なもし>た
 何だ。菜飯(なめし)は田楽(でんがく)
 の時より外に食うもんじゃない』とあべこ
 べに遣り込めてやったら、『なもしと菜飯
 とは違うぞな、もし』と云った。

ここで、<なもし>は意義の伝達だけでなく、
方言の言い回しや菜飯と<なもし>の聯想か
らの面白さで読者は快感を与えられます。し
たがって、雑のものです」
「篦棒め、菜飯も<なもし>は発音は似たよ
うなものだ。外国人には面白みが通じないぞ」
「そこが外国文学を読む場合の大きな問題で
すが、それについては次回の1-(C)でとりあげ
ることにしましょう」



歴史的に発達した趣味
   2007/6/13 (水) 08:19 by Sakana No.20070613081936

6月13日

「漱石先生の講義による、意味の伝達の形式
で、3番目は1-(C)歴史的の発達から趣味の養
成せられた形式、です」
「歴史的発達から養成された趣味というと、
俳句の季語のようなものかな」
「日本人の場合はそうですね」
「菜飯や田楽は季語か」
「どちらも春の季語です」
「すると、<菜飯(なめし)は田楽(でんが
く)の時より外に食うもんじゃない>という
坊ちゃんのセリフは、<歴史的の発達から趣
味の養成された形式>の一例もしれない」
「歴史的に発達した趣味を共有していない外
国人にはわかりにくいところでしょう。とこ
ろが、イギリスへ行ってみて、イギリス人も
また独自の歴史的に発達した趣味を持ってい
ることに漱石先生はハタと気がつきました」
「そんなことはわざわざイギリスへ行かなく
てもわかるだろう」
「身にしみて実感したのです。<要するに吾
々は趣味を起すに充分な言葉に対する歴史の
所有者ではないのである。趣味の歴史的経路
を通過して居ないのである>と言っています」
「つまり、外国文学はわからんという弱音を
はいたわけだね」
「しかし、ずいぶん研究したあげくの発言で
す。たとえば、次の三種の単語のうちどれが
善いと思いますか。漱石先生はそんなことま
で掘り下げて英文学を研究されたのです」

  (Saxon)    (Romantic)    (Latin)
  abide       endure       tolerate
  anger       fury         choler
  binding     duty         oblige
  bewail      lament       deplore
  brink       verge        margin
  choose      prefer       select
  fair        clear        pure
  gift        grant        confer
  hinder      delay        deter
  lead        guide        direct


音の結合
   2007/6/14 (木) 07:14 by Sakana No.20070614071428

6月14日

「文学の読者に快感を与える三通りの形式は
 I. 意味(meaning)の伝達
  II. 音の結合
 111. 文字の形状
と、いうのが漱石の説なんだな」
「ええ、そのうち、I. 意味(meaning)の伝
達については概略を説明しました」
「次は音の結合を説明してくれ」
「これは主として詩に関するもので、外国人
には理解しにくい形式です」
「詩の翻訳は意味の伝達はなんとかなるにし
ても、音の結合の面白さは外国人には伝わり
にくい」
「西洋人の耳に面白く感ずる音の結合は必ず
しも吾吾には面白くないと漱石先生も言って
おられます」
「しかし、日本人でも英語の音を理解できる
要素はあるだろう」
「その要素を漱石先生は次の三つに分けて説
明されました。

(一)音(sound)自身の連続したる性質即ち
旋律(melody)
(二)尾韻(rhyme)と頭韻(aliteration)其の
他の反復音(repetition of sounds)
(三)韻律(rhythm)──読む時の語勢(stress)
及び行(line)の長短(quantity)を意味する。
音脚(foot)や律格(metre)は此部に入る」

 そして、この三ヶ条について日本人が面白
いと思うものと、そうでない者とを吟味して
おられるのです」
「漱石はマニアックな分類魔だな」
「科学的な文学脳の持ち主です」



趣味の差異
   2007/6/15 (金) 08:25 by Sakana No.20070615082542

「どんな音の結合を人間は面白いと思うので
しょうか」
「トチメンボーのような音の結合だろう」
「トチメンボー?ああ、『吾輩は猫である』
だ。迷亭先生が高級レストランで注文した料
理の名前ですね」
「そんな名前の料理はないが、もしかすると
あるかもしれないような名前だ。面白い」
「偏屈な日本人は面白いと思うかもしれませ
んが」
「外国人には面白さが通じないかな」
「そこですよ。漱石先生は次の命題を得たと
仰っています。

 一 音に対する趣味は時代によりて変化し
   つゝあり、ギリシヤ人の趣味は今日の
   英人の趣味でなく、古のダンテの趣味は
   今日のセンツベリーの趣味とは違ふ。
 二 音に対する趣味は国民によって違ふ。
   英国人の趣味は仏国人の趣味ではない

 さすがは漱石先生ですね」
「おれの趣味はきみの趣味とは違うよ」


趣味の異なる原因
   2007/6/28 (木) 07:40 by Sakana No.20070628074011

6月28日

「音に対する趣味は古今東西で異なります」
「個人差もある」
「個人差はおいといて、古今と東西でかくも
趣味が異なる理由原因は何かと漱石先生は考
えられました」
「昔と今、東と西、どの趣味が正しいとは決
定しないのだな」
「それは容易に決定できません。私たち人間
は進化と退化を思い違うことがあります。ま
た、現在を標準として考えたがる癖がありま
すが、それは必ずしも正しいとはいえないの
です」
「では、どの趣味が正しいかという点につい
てはアポケー(判断停止)にして、古今と東
西でかくも趣味が異なる理由原因は何かとい
う問題にしぼったということか」
「それも充分に説明できているとはいえませ
が、その道筋だけは次のように漱石先生はま
とめられました。

第一の原因:聯想(人は聯想によって或種の
音を面白いと思う──この聯想は広義の聯想
で、気ままな聯想(arbitrary association)
を指す)。

第二の原因:反復(repetition)の充分と不
十分(ある音に対する訓練(training)の程度
如何が、趣味に相違を起こさせる)。

第三の原因:反復に従って起こる弁別力
(discriminating power)の足、不足。

第四の原因:旋律(melody)それ自身を再現
(reproduce)することの困難(これは理論で
はなく実際問題。西洋の詩の読み方を知らな
い日本人が我流に読み流しても面白いはずが
ない)

「音の趣味が異なる理由原因がわかってどう
する」
「わからないよりはましです」
「そうかな」


文字の形状
   2007/6/30 (土) 07:49 by Sakana No.20070630074903

6月30日

「文学の読者に快感を与える三通りの形式と
して漱石は、
 I. 意味(meaning)の伝達
  II. 音の結合
 111. 文字の形状
あげたというが、意味の伝達と音の結合はわ
かった。三番目の文字の形状についてはどう
いう説明なんだ」
「西洋文学のやうに二十六のアルファベット
の結合した文学では左程の感じを与へること
はないが、支那の文字のやうに、その形状か
ら興味を起すことの出来るもの、と説明して
おられます」
「例をあげてくれ」
「私の経験からいえば、昭和二十三年に大佛
次郎の小説『帰郷』が毎日新聞朝刊に連載さ
れました。当時小学四年生だった私は帰郷と
いう文字を知らず、小説を読むこともできな
かったのですが、面白いと思いました」
「意味がわからないのに、文字の形状にひか
れたのか」
「『帰郷』の次に連載されたのは獅子文六
『てんやわんや』ですが、この題名は音の結
合の面白さですね」
「その次は?」
「石川達三『風にそよぐ葦』。これは意味の
伝達の面白さ、当時小学生の私でも意味がわ
かりました。当時の新聞連載小説は、題名が
文学的でしたね」
「今どきそんなことを覚えているのは化石人
間だよ」


総括
   2007/7/1 (日) 13:11 by Sakana No.20070701131156

7月1日

「これまでのところで漱石先生の英文学形式
論の講義はだいたいのところを紹介しました」
「では総括してくれ」
「漱石先生ご自身が次のように総括しておら
れます。

 文学の形式は面白いもの、即ち吾々の趣味
に訴へるものでなければならず。然らば趣味
に訴へるものはいかなる形式か。

A 吾々の理解力に訴へてさらりと分かるも
の、普遍的(ユニヴァーサル)のもの。

B 種々の分子を含む、理解力に訴へる部分
もあり、音調の部分もある。その外刺激的
(スティミュラス)のもの、珍奇(ノヴェリ
ティー)なもの、等を含むので此を<雑のも
の>と名付けた。

C は単に歴史的に興味のある外に理由のな
い形式であって、別項を設ける必要もないの
であったが、Bの中でもっとも重大なもので
あるから別に取り出して論じた。そして此は
地方的趣味(ローカルテースト)に支配され
るものだから無論普遍的(ユニヴァーサル)
ではない。

 この三ヶの形式は意義(ミーニング)を表
すための序列(オーダー)。これがうまくき
まっている形式を吾々の趣味は面白いと感じ
ます。そのほかに音の結合と文字の形状が、
吾々の趣味に訴える文学の形式です」
「Aは普遍的なもの、Cは地方的趣味(ロー
カルテースト)のものではっきり区別される
が、問題はBの<雑のもの>をどうみるかだ
ね。音の結合と文字の形状はオマケだ」


形式と文体
   2007/7/2 (月) 06:58 by Sakana No.20070702065848

7月2日

「では、文学の形式について漱石先生から教
わったことで何か質問はございますか」
「形式とは文体のことか。それとも形式は文
体とは違うものか」
「その疑問にお答えするにはまず文体とは何
かをおさえておく必要があります」
「文体とは何だ」
「フランスのバッフォンの有名な言葉に、
"Style is the man himself."(文は人なり)
という句があります。また、ショーペンハワ
ーは、"Style is the physiognomy of the 
mind and a safer index to character than
the face."(文体は心の相貌で、顔よりも確
かな性格の指標となる)と言っております」
「漱石の見解は?」
「バッフォンやショーペンハワーのいう文体
は形式に比べれば広漠すぎると漱石先生は言
っておられます。バッフォンやショーペンハ
ワーは吾々の頭脳中の内容(インハルト)、
たとえば、節制(テンペランス)と熱烈(ヴ
ァイオレンス)、誇大(エグザジェレイショ
ン)と謙遜(モデスティ)、穏和(テンダー
ネス)と粗暴(ラッフネス)といったような
性質を文体の中に含ませていますが、漱石先
生のいう雑のもの(ミックスドフォーム)に
そのような文体と同じ意味をふくませてしま
うと分析が難しくなります」
「分析できなくても面白さはある程度は伝わ
るだろう」
「ある程度はね。でもそれは秩序的(システ
マティカリー)にあるいは論理的(ロジカリ
ー)には演繹(デデユース)されないもので
す」
「つまり、文体は広漠すぎて、分析不可能な
ところがあるが、形式なら分析可能というこ
とか」
「形式なら少なくとも、わからんところとわ
かるところを弁別して分析できるのです」
「わからんところところとわかるところの弁
別?──わからんな」




スティルとフォルム
   2007/7/6 (金) 10:00 by Sakana No.20070706100026

7月6日

「杉本秀太郎『スティルとフォルム』(岩波
講座 文学第1巻 1975)を読みました」
「この暑いのに、文体と形式の違いを調べる
とは殊勝な心がけだ」
「スティル(style)の訳語は、文体、様式、
紋切り型、風格、持ち味、暦法。それに対し
て、フォルム(forme)の訳語は形相、形式、
形態、形、外見、形影、形骸だそうです」
「なるほど、訳語もいろいろ、しかも、スティ
ルとフォルムで重複しないように使い分けてい
る」
「『スティルとフォルム』は、<文体と形式>
とも訳せますが、<紋切り型と形骸>とも訳せ
るのです」
「ははぁ、すると、漱石の『英文学形式論』、
実は『英文学形骸論』かな」
「でも、私たちが普通スティルを文体、フォル
ムを形式と訳しているときには、何か生き生き
としたもの、その動きが愉快をおぼえさせるよ
うなものを想定しているのです」
「一筋縄ではいかないな」


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「夏目漱石の『文学論』を読みとく」 長谷部さかな 著
 Copyright © 2014 Sakana Hasebe