夏目漱石の『文学論』を読みとく

長谷部さかな 著
 
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沙翁とデフォー
   2008/9/16 (火) 08:41 by Sakana No.20080916084133

9月16日

「次の二句の作者をあててください」

a. Uneasy lies the head that wears a crown.
b, Kings have frequently lamented the miserable
consequences of being born to great things, 
and wished that they had been placed in the
middle of the two extremes, between the mean
and the great.

「詩的な表現と散文的な表現の違いを示す例
文というわけか。どうせ、長い方がデフォー
だろう」
「よくわかりましたね。短い方は沙翁シェク
スピアです」
「内容は似たようなものだが、一方は詩で、
一方は散文というわけか」
「一方は人を留まらせる。一方は人を走らせ
る。一方は考えさせる。一方は一字ごとには
きはきと片付いていく──どちらが好みです
か」
「デフォーのほうがわかりやすい」
「冠を頂く頭は安からず、という句のほうが
帝王の不安を無期限にあらわしており、いい
と思いませんか」

(平井正穂によるbの日本語訳:偉い地位に生
まれついたばかりに、昔からどれほど多くの
王侯がその悲しみを味わってきたことか。二
つの極端の、つまり貴賤の、中間に生まれて
きていたら、とどれほど願ってきたことか)


モル・フランダースの運不運
   2008/9/19 (金) 07:53 by Sakana No.20080919075306

9月19日

「デフォーの小説のなかで後世に残ったのは
なんといっても『ロビンソン・クルーソー漂
流記』ですが、実は不朽の名作がそのほかに
もありますのでいくつか紹介しておきましょ
う」
「不朽の名作がそんなにやたらとあるわけが
ない」
「まず、『モル・フランダースの運不運』
(The Fortunes and Misfortunes of Moll 
Flanders)が有名です」
「モール・フランダースは女か」
「娼婦です。泥棒で、重婚者で、五度も亭主
を替えたという大変な女の歴史です」
「井原西鶴『好色一代女』の十八世紀英国版
か」
「面白そうですね。比較文学の研究テーマに
とりあげたら如何でしょうか」
「ヒマなら勝手に研究したまえ」


倫敦疫病日誌
   2008/9/22 (月) 08:29 by Sakana No.20080922082920

9月22日

「デフォーの作品では、『倫敦疫病日誌』も
有名です」
「疫病とは?」
「ペスト、別名黒死病です。1665年にロンド
ンで流行し、およそ7万人(当時の人口の約
6分1)が亡くなりました。『ロンドン・ペス
トの恐怖』(栗本慎一郎訳)という題名の邦
訳もあります」
「デフォーが生まれた年は?」
「1660年です」
「当時6歳なら自分自身の経験の回想録を書く
のは無理だろう」
「生き残った人々の話を聞いたり、当時の記
録を調べたりして書いたルポルタージュのよ
うです」
「小説家というよりもジャーナリストの仕事
だな」
「ペスト流行という限界状況を描いた小説に
はアルベール・カミユ『ペスト』があります。
比較して読んだらよいでしょう」
「自分が読みもしないものを人にすすめるの
は如何なものか」


デフォーの主な作品リスト
   2008/9/25 (木) 09:16 by Sakana No.20080925091606

9月25日

 「デフォーが一生のあいだに書いた書巻は
三百部にものぼるので、とても全部は紹介で
きません」
「漱石は三百部のうちどれほど読んだのだろ
う」
「『文学評論』で言及されている作品のリス
トをあげておきます」
「ロンドンの下宿にとじこもって、こんなも
のを読んでいたとはご苦労様なことだ」
「ぜんぶ読破したとすればすごいですね」
「ノイローゼになったのむ無理はない」

『評論』(The Review)への掲載記事
『企業論』
『真正の英人』(The True-born Englishman)
『議会の承諾を経たる常備軍は自由政府と矛
盾するにあらざる論』(An Argument, showing
that a Standing Army, with Consent of Parliament,
is not inconsistent with a Free Government)
『抗議』(Remonstrance)
『審査確定せる英国民の衆合団体の本源的権
利』(The Original Power of the Collective
Body of the People of England Examined
and Assorted)
『仏国との開戦に反対する理由』(Reason 
against a War with France)
『非国教徒に対する最捷路』(The Shortest
Way with the Dissenter)
『神聖なる法によりて』(Jure Divine)
『ロビンソン・クルーソー』(The Life and
Strange Surprising Adventures of Robinson 
Crusoe)
『ロビンソン・クルーソーの生涯における厳
粛なる考慮及び彼が仙境の幻景』(Serious 
Reflections during the Life of Robinson 
Crusoe, with his Vision of the Angelic World)
『キャプテン・シングルトンの一生と海上泥
棒』(The Life and Portrait of Captain 
Singleton) 
『騎兵の記録』(Memory of a Cavalier)
『ダンカン・キャンベル一代記』The History 
of the Life and Adventures of Mr. Duncan 
Campbell) 
『モル・フランダースの運不運』(The Fortunes 
and Misfortunes of Moll Flanders)
『カーネル・ジャックの伝』(The Life of 
Colonel Jack)
『一六六五年の倫敦疫病日誌』(A Journal of 
the Plague in 1965)
『幸福なロクサナ夫人』(the Fortunate Mistress, 
Roxana)


長い感じの文章
   2008/9/28 (日) 09:23 by Sakana No.20080928092352

9月28日

「デフォーの小説を読んでみると、どれもこ
れも皆長い感じがすると漱石先生は指摘して
おられます」
「トルストイの小説に比べればそれほど長い
とは思わないが」
「長いというのはページ数がたくさんあって、
読むのに暇がかかるという意味ではありませ
ん。四、五百ページあっても短いものがあれ
ば、二、三十ページでも長いものがあります」
「ではデフォーの作品どういう点で読んで長
い心持ちがするのか」
「それが問題です。漱石先生はその点に着目
して、小説の組立論を展開しておられます」
「小説の組立がどうなっていようとほとんど
の読者は関心を抱かない」
「作者はそうはいきません。漱石先生は小説
の組立はいかにあるべきかを意識しながら
『文学評論』の講義をされたのです」
「漱石は若い頃、建築家になろうとしたとい
うが、小説も建築のように考えたのかな」
「漱石先生ご自身が執筆された小説は、少な
くともデフォーのように、読者に長い感じを
与えるような小説の組立にはなっていないは
ずです」
「反面教師にされたデフォーはいい面の皮だ」


小説の組立論
   2008/10/1 (水) 08:55 by Sakana No.20081001085548

10月1日

「比較的に長い作品を書いて短く読ませるに
はどうすればよいでしょうか」
「そんなこと、知るものか」
「筋の組立が引きしまって全篇にムダがない
にすることだと思います」
「そうかな」
「その組立が煉瓦をつんだように緊密で、た
とえ一枚たりとも勝手にひきぬくと、総体が
すぐ瓦解するといった具合にできていれば、
読者はなるほどと合点するはずです」
「そう簡単に合点できないよ」
「では、人間の体を例にして、組立を考えて
ください。人間には頭があり、足があり、手
があり、胴があります。足を切れば歩けなく
なり、手を切ればメシが食えなくなり、頭
(ドタマ)をかちわれば死んでしまいます」
「それがどうした」
「小説も同じことです。いくら長くても各部
がそれぞれ必要な役目を持っていれば、読者
は読んでもっともだと思いますが、肝心なと
ころが抜けていれば読まないし、余計なこと
がダラダラと書いてあれば退屈します」
「ふん、小説は人体の構造を模倣するという
組立理論か」


興味の統一
   2008/10/4 (土) 08:12 by Sakana No.20081004081207

10月4日

「長い物を短く読ませる方法として漱石先生
が着目された点は興味の統一(Unity of Interest)
です」
「?」
「つまり、読者の興味が一貫するように組立
てられていなければならないのです」
「作者の興味が一貫するように組立てられて
いてもいいのではないか」
「そうなると純文学ですね。<作家が書きた
くて書いているのが純文芸で、ひとを悦ばす
ために書いているのが大衆文芸だ>と菊池寛
は定義しています」
「菊池寛の定義の通りなら、漱石の文学評論
は大衆文学を志向していたことになる」
「できれば、作者と読者の双方の興味が一貫
する組立がのぞましいですね」
「作者と読者の興味の統一を漱石は意識して
いたのか」
「さあ、それについての言及はありませんが、
そもそも作者と読者の興味の統一がなければ
読書は成立しません」


興味の分類
   2008/10/7 (火) 07:53 by Sakana No.20081007075337

10月7日

「長い物を短く読ませる読ませる方法として
興味が一貫していなければならないという前
提から、その興味の如何なるものであるかを
漱石先生は三種に分類しておられます」
「漱石は分類マニアだな」
「興味というと主観的な感じがしますが、小
説にあらわれた材料によって客観的に分類す
るとすれば、(1)小説の性格(character)
より起こる興味、(2)小説中の事件(incident)
より起こる興味、(3)小説中における景物
(scene)より起こる興味、という三種に分類で
きます」
「小説の性格とはなんだ?」
「登場人物の性格だと思います。ハムレット
とかドンキホーテとか」
「小説中の事件とは?」
「たとえば、殺人、恋愛、成功、没落などで
しょう」
「小説中における景物とは?」
「雪月花とか世界遺産とか」
「読者の興味の対象は一つだけとは限らない。
したがって、そのように興味を分類しても意
味がないのでは?」
「そんなことはありません。興味の如何なる
ものであるかを知りたいという興味が私には
あります」


有機的な興味の統一
   2008/10/10 (金) 09:43 by Sakana No.20081010094358

10月10日

「ただ一つの興味が一貫するだけでは統一を
与えるというばかりで、それ以上に刺激性の
興味というものがありません」
「?」
「統一はあるかもしれないが、死んだ統一で
す。機械的義理一般の統一です」
「なぜだ?」
「統一に自由がないからです」
「また、わけのわからないことをいう」
「作家があらかじめ筋をつくって、作中の人
物をその筋に合うように働かせるから統一が
できたというだけで、作中の人物の方では、
この統一を無理にも維持するために作者から
強いられています」
「どうせフィクションは虚構だ。作家があら
かじめ筋を作っていなくてどうする」
「それでは読者が読んでいて窮屈です。生気
がありません」
「では、どうすればよい?」
「小説の人物の方が自由意志にしたがって、
自分でまとまった筋を構成するように働いて
行かなければなりません。そうすると、その
小説のつくった統一は作者の作った統一では
なく、小説中の人物の作った統一になります。
つまり、有機的な統一になって、形式を脱し、
生気を帯びてきます」
「そこまでくると名人気質で、なんだか、神
がかりになってきたね」
「漱石先生は小説の神様です」
「小説の神様は志賀直哉だろう」


部分と部分との関係
   2008/10/13 (月) 08:15 by Sakana No.20081013081516

10月13日

「小説の有機的な統一は機械的な統一と同じ
く部分と部分との関係から成立します」
「あ、そう」
「ただし、有機的であり得るためには、部分
と部分が作者の命令によって関係していては
いけません。自己の本性によって連結しなけ
ればならないのです」
「あ、そう」
「作家が大事件の推移を写すのに偶然を嫌う
のはそのためです」
「大衆小説作家は偶然の出会いという手口を
よく使う」
「それは作者にとって都合のよい安易なやり
かたです。小説の有機的統一になりません」
「あ、そう」
「部分と部分が自己の本性によって連結する
以上、両者の関係は心理上の因果によって縦
に推移し、横に展開しなければなりません」
「あ、そう」
「心理上の因果によって推移し、もしくは展
開する統一は、統一のための統一ではなく、
発展のための統一と見ることもできます」
「あ、そう」
「かなり、お疲れのようですね」


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「夏目漱石の『文学論』を読みとく」 長谷部さかな 著
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