夏目漱石の『文学論』を読みとく

長谷部さかな 著
 
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小人国
   2008/5/19 (月) 08:04 by Sakana No.20080519080415

5月19日

「『ガリヴァー旅行記』は四篇からなります。
第一篇はガリヴァーがが小人国リリパット
(Liliput)という処を訪問した話です」
「小人闍盾オて不善をなす」
「小人は論語などでは君子の対義語として用
いられる言葉で、身分の低い人間、教養や道
徳心に欠ける人間という意味になりますが、
リリパットでは身分の高い皇帝でも小人です」
「要するに侏儒(こびと)だな」
「ふつうの人間の十二分一くらいの大きさと
いうことになっていますが、皇帝は御名をゴ
ルバスト・モマレン・イヴレーム・ガーヂロ・
シェフイン・マリー・アリー・グーといい、
<この君こそは万(よろず)の王の王にして、
いかなる人の子よりも丈(たけ)高く、足は
地球の真中(ただなか)を圧し、頭は中大の
日輪を払う。一たび点頭(うなず)けば立ち
どころに世界の諸王膝を折って地に伏さずと
いう事なし。穏やかなること春の如く、盛ん
なること夏の如く、富めること秋の如く、威
あること冬の如し>(平井正穂訳)、です」
「侏儒でも皇帝と名がつけば偉そうだね。
<わたしはこの春酒に酔い、この金鏤(きん
る)の歌を誦(しょう)し、この好日を喜ん
でいれば不足のない侏儒でございます>とい
う芥川龍之介の侏儒とはえらい違いだ」


大人国
   2008/5/22 (木) 06:59 by Sakana No.20080522065950

5月22日

「小人国の次にガリヴァーが訪れるのは大人
国ブロブヂングナッグ(Blobdingnag)です」
「そんなことは誰でも知っている」
「大人国では何もかもが大きい。生い茂って
いる草の丈が20フィート以上あります」
「1フィートが30.48cmだから、約600cm、つ
まり約6メートルか」
「人間の背丈は教会の尖塔くらいあり、のっ
しのっしと歩くその歩幅は約十ヤードです」
「1ヤードは91.44cm=3フィートだから、10ヤ
ードは約910,44cm、つまり約9メートルだ」
「いちいちメートルに換算しなければわから
ないとは不便ですね」
「メートルを尺に換算しなければわからない
人だっている。要するに、大人国ではなにも
かも大きいことはわかった」
「興味深いことに大人国では漁業が発達して
いません」
「なぜだ」
「陸上の生物はみな大きいのですが、海水魚
のサイズはヨーロッパの海水魚なみなので小
さすぎて食料にならないのです」
「なるほど、世界の海はつながっているから
大人国の距岸200カイリ以内の水域の魚だけを
大きくするわけにはいかない」
「時折海岸の岩場に打ち上げられた鯨だけは
食用に供され、庶民の好物になっています」
「環境保護団体から抗議の声があがりそうだ」


菫程な小さき人
   2008/5/25 (日) 07:54 by Sakana No.20080525075416

5月25日

「ガリヴァーは小人国では山のような大男と
呼ばれますが、大人国へ来ると侏儒(こびと)
でしかありません。ここからどんな教訓が得
られるでしょうか」
「人間を見かけの大小だけで判断するなとい
う教訓かな」
「つまり、人間の大小は相対的なものであっ
て、相手が小さいからといって侮ってはいけ
ないし、相手が大きいからからといってむや
みにへりくだる必要はないということですか」
「まあ、そんなことは少し頭脳の発達した人
なら誰でもわかっていることだが、小説に書
いてあるのを読むと今さらのように感じる」
「人間は大きくなればなるほど傍若無人の非
行をたくましくする傾向があるようです」
「愚かなことだ」
「そこのところがすんなりとうなずけるよう
に書いたのがスウィフトの手際であると漱石
先生は言っておられます」
「そういえば、漱石は菫のような小さな人間
になりたいという意味の俳句をつくっている」
「菫程な小さき人に生れたし、です」
「聖人君子への道をあきらめて、英文学など
研究しているうちにそんな心境になったのだ
ろう」


海賊
   2008/5/28 (水) 11:34 by Sakana No.20080528113402

5月28日

「『ガリヴァー旅行記』の第三篇ではラピュ
ータをはじめとしてバルニバービ、グラブダ
ブドリップ、ラグナグ、ジャパンなどという
変な国々を訪問します」
「訪問といったって、ガリヴァーの意志によ
るものではなく、船が難破して漂着しただけ
だろう。受動的な航海者だ」
「ラピュータの場合は、船が難破したからで
はありません。海賊船に捕らえられて、海上
に放り出され、丸木舟で漂着したのです」
「命をとらず、丸木舟に乗せてくれたとは親
切な海賊だ」
「海賊船の船長は日本人でしたが、下手なオ
ランダ語でおまえたちを殺すつもりはないと
言いました」
「ほう」
「ところが、ガリヴァーが同乗していたオラ
ンダ人に向かって、<同じ信仰につながるク
リスチャンよりも異教徒の方が遙かに慈悲深
いのは困ったものだ>といったので、オラン
ダ人は怒り狂い、ガリヴァーを海に放り込め
と船長を口説きました」
「それで小さな丸木舟に乗せられたというわ
けか」
「船長は自分の食料の一部をさいてくれたし、
誰からも所持品の検査を受けないように配慮
してくれたそうです」


ラピュータ
   2008/5/31 (土) 09:17 by Sakana No.20080531091745

5月31日

「小人国と大人国に続いてガリヴァーが訪れ
たのは空飛ぶ島のラピュータです」
「ラピュータの住民の身体的特徴は?」
「頭が右か左に傾き、眼は一方が内側に向き、
他方は真っ直ぐ天を向いています」
「精神的特徴は?」
「沈思瞑想にふけることです」
「考える人なら高等な人種だ」
「ところが、瞑想にふけっているうちに自分
で口をきくことを忘れ、もちろん人のいうこ
とも忘れる。ついには聞くことも忘れるとい
う始末。そこで、身分の高い人は必ず従者を
連れて歩き、棒の先へ膀胱 (bladder)を括り
つけたようなものを持たせます」
「膀胱?何のおまじないだ?」
「なぜ膀胱がきくのかはよくわかりませんが、
必要な場合は従者が打ち手(flapper)となっ
て、主人を遠慮なくどやしつけるのです」
「なるほど、膀胱でどやされてやっと主人は
口をきくようになるというわけか。下手な考
え休むに似たり。要するに、空論家や空学者
の迂闊ぶりを諷刺したものだろう」


バルニバービ
   2008/6/3 (火) 08:21 by Sakana No.20080603082104

6月3日

「ラピュータの次にガリヴァーが訪れたのはバ
ルニバーニです」
「やはり空飛ぶ島か」
「陸地ですが、ラピュータに支配されている属
国です。首都はラガードといいます」
「属国ならバルニバーニの住民はラピュータの
住民と似たようなものだろう」
「ガリヴァーはバルニバーニの大研究所を見学
します。彼が参観した研究室は五百を下らなか
ったそうです」
「バルバーニ人はどんな研究をするのか?」
「最初の研究室では、如何にして胡瓜から太陽
光線を抽出するかを研究していました」
「胡瓜から太陽光線を抽出してどうする?」
「出来ればそれを瓶に入れて厳重に密封してお
き、気候不順な夏に放出して空気を暖めるので
す」
「阿呆らしい」
「次の研究室では人糞をもとの食料に還元する
実験が行われていました。人糞をそれぞれの成
分に分解し、胆嚢からえた色素を除き、臭気を
蒸発させ、唾液をすくいとるのです」
「わかった。バルニバーニの研究所はもういい。
次に進もう」



グラブダブドリップ
   2008/6/6 (金) 07:07 by Sakana No.20080606070756

6月6日

「グラブダブドリップは本来の言葉の意味から
いえば、妖術者や魔法使いの島。住人は全員が
魔法使いだそうです」
「どんな魔法だ」
「たとえば降霊術で、誰でも好きな者を死者の
仲間から呼び戻し、会話をかわすことができま
す」
「スェーデンボルグ(1688-1772)の影響かな」
「降霊術のおかげで、ガリヴァーは歴史的に有
名な人物たちと会話をします」
「たとえば誰だ」
「アレキサンダー大帝、ハンニバル、シーザー、
ブルータス、ホメロス、アリストテレスなどで
す」
「アレキサンダーは何と言った?」
「伝えられているようにわたしは毒殺されたの
ではなく、酒を飲み過ぎて熱病にかかって死ん
だのが真相だと」
「そんなことは人類の歴史にとってはどうでも
いいことだ」
「しかし、降霊術で死者から真実の声を聞く機
会があり、それが証言として認められれば、歴
史はまったく変わったものになりそうです」
「歴史は史観によって左右される。そして史観
というものは自分以外誰かの史観だから眉に唾
をつけて聞かなければならない」
「ガリヴァーも世間の人々が曲学阿世の徒によ
っていかに眼をくらまされてきたかを発見した
と言っています。この連中の筆にかかると、臆
病者が絶大な戦功をたて、愚か者が賢明無比な
策をたて、おべんちゃらが誠実さを持ち、祖国
を売った男がローマ的美徳をもち、無視論者が
敬虔な信仰をもち、男色者が純潔をもち、密告
者が真実をもっていたことになってしまいます」
「歴史を英語でいえば、history。つまり、一種
のストーリ(story=物語)だ」
「いままで学習してきた歴史が信頼できないと
すると、人間の知恵や誠実さなどというものが
いかに取るにたらぬものであるかと嘆かざるを
えなくなりますね」


ラグナグ
   2008/6/9 (月) 07:05 by Sakana No.20080609070537

6月9日

「次はラグナグですが、ラグナグ人は礼儀正し
い寛容な国民です。あらゆる東方諸国にはつき
ものの自尊心も持ち合わせているが、異邦人に
対してはまことに慇懃な態度をとります」
「どこか変わったところはないのか」
「ストラルドブルグという不死人間がいます」
「不老不死とは羨ましい」
「不死というだけで、不老ではありません。永
遠の若さ、永遠の健康、永遠の元気は保証され
ていないのです」
「それなら羨ましくないかな」
「不死人間はおよそ三十歳くらいまでは、起居
動作すべての点で普通の人間と同じように生活
するが、その年齢をこすと次第に憂鬱になり、
意気消沈しはじめます」
「後期高齢者になったら?」
「八十歳になると、頑固で、気難しくて、貪欲
で、不機嫌で、嫉妬深く、愚痴っぽくて、おし
ゃべりになり、人間本来の暖かい感情が分から
なくなります。他の人間を愛するとしてもせい
ぜい孫の世代の者たちだけです」
「米寿をすぎたら?」
「九十歳に達すると、歯も欠けるし、頭髪も抜
けてしまう。味のよしあしなど分かろうはずが
なく、ただ飲み食うだけ。病気にもかかるが、
かかったら最後、重くもならず軽くもならず、
ただ、だらだらと一定の病状が続く。人の名前
は親友や親戚の名前も忘れてしまう。記憶力が
役に立たないので、読書の楽しみも味わえなく
なります」
「白寿をすぎたら」
「白寿の二倍の二百歳をすぎると会話らしい会
話もかわせなくなります。このような不死人間
と比べると、寿命が尽きて死ねことのできるふ
つうの人間の運命はめぐまれていると思わざる
をえません」
「なるほどね。後期高齢者になったらなるべく
早く死んだほうが幸せだということがよくわか
った」


ジャパン
   2008/6/12 (木) 11:02 by Sakana No.20080612110252

6月12日


「ラグナグの次にガリヴァーが訪れたのはジ
ャパンという変な国です」
「ジャパンのどこが変だ?」
「いろいろありますが、ガリヴァーが報告し
ているのは踏絵という儀式です。当時のジャ
パンはキリスト教を禁止していたので、キリ
スト教の信者かどうかを調べるためにイエス・
キリストや聖母マリアが描かれた紙や版画を
踏ませていました」
「踏めば無罪、踏まなければ異端の宗教を信
じる不届者で有罪というわけか。ガリヴァー
はどうした?」
「ラグナグの国王からジャパンの皇帝陛下へ
あてた親書を示し、ラグナグ王との誼(よし)
みに免じて、踏絵の儀式を免除するという特
別の承諾を皇帝にお願いしました」
「それで、承諾してもらったのか」
「皇帝陛下はガリヴァーが本当はクリスチャ
ンではないかと疑ったようですが、異例とも
いうべき恩恵を示すことによってラグナグ王
の意を迎えておこうという配慮から踏絵の儀
式を免除してくれました。ついうっかりして
見逃すようにと役人に命じてくれたのです」
「そんな風に原則を曲げるとはいものわかり
のいい皇帝陛下だね」
「実際には皇帝陛下ではなく、江戸幕府の将
軍のはずです。ガリヴァーがラグナグ国から
ジャパンに向かったのは1709年ですから、た
ぶん第6代将軍徳川家宣(在位:宝永6年(170
9年)5月1日 - 正徳2年(1712年)10月14日)
でしょう」



フウイヌム
   2008/6/15 (日) 08:54 by Sakana No.20080615085452

6月15日

「『ガリヴァー旅行記』の第四篇はガリヴァ
ーがいよいよフウイヌムという馬の国を訪れ
る話です」
「これまでは小人、大人、瞑想人、霊界人、
不死人、日本人と変な人間の住む国ばかりだ
ったが、最後は馬の国とは奇想天外だね」
「ええ、万物の霊長が人間ではなく、馬だと
いうのですから、生物学の常識を無視してい
ます」
「霊長類といえば、サルとか人間とかのはず
だが」
「フウイヌムではなぜか馬が霊長類のトップ
なのです」
「霊長類の序列を決める基準は何だ?」
「理性と徳性です」
「サルはどうか知らないが、人間には理性が
ある」
「フウイヌムは高貴な存在で、嘘や虚偽を知
りません。人間の理性はフウイヌムに劣り、
徳性はさらに劣ります。残念ながらまだ十分
に発達していないのです」
「では、人類はどうすればよいのだ」
「ガリヴァーはもし自分が国務大臣になれば、
フウイヌムから理性と徳性の教師を派遣して
もらって、名誉、正義、真実、節制、公共心、
忍耐、純潔、友情、慈悲、忠誠などについて
教えてもらい、フウイヌムなみの高貴な存在
にひきあげてもらうと言っています」



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