夏目漱石の『文学論』を読みとく

長谷部さかな 著
 
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差異の認識
   2007/5/21 (月) 08:28 by Sakana No.20070521082830

5月21日

「文学にはいろいろな定義があることはわか
った。漱石の考えはどうなんだ」
「<私は文学なるものは科学の如く定義をす
べき性質のものでなく、下し得るものとも考
えへて居らない>と言っています」
「逃げの一手か」
「逃げてはいません。例の<凡(およ)そ文
学的内容の形式は(F + f)なることを要す>
のように、漱石独自の法則をあみだしていま
す」
「最初に文学の定義を掲げないで、文学論の
講義をするのはいかがなものか」
「文学は各人が勝手の見地から勝手の意義を
与えることができるものなんです。どの定義
にももっともらしく思われる点があるととも
に、何れも物足り感じがする。<出来得べく
ば、かう云ふものが文学であると、定義を掲
げて後に説明に進みたいのだが、充分な定義
を与へることは私にとって困難であるにより、
勢ひ黙認的(implicitly)に出立するより外
はないのだ。さればと云って、それでもうま
く行けるか、どうかは甚だ疑しいものである
ことを断っておく>と漱石は率直にいってい
ます」
「黙認的(implicitly)とはどういう意味だ」
「文学とは何かをはっきりさせないで、暗々
裏に、というような意味でしょう」
「頼りない先生の講義だな」
「仕方がありません。漱石が抱いている文学
観は学生それぞれの文学観と異なるのですか
ら」
「なるほど、文学とは何か。その答えは人に
よって異なる。その差異を認めた上で、とり
あえず見切り発車をしようというのが漱石の
講義だったのだな」


バカの壁
   2007/5/22 (火) 08:06 by Sakana No.20070522080624

「そもそも日本人は西洋文学を理解すること
ができるでしょうか」
「きみは理解できると思ったからこそせっせと
西洋の小説を読んだのではなかったのか」
「字面を追って読むことは読みましたが、理解
できたのは十分一程度かもしれません」
「バカの壁にぶつかったんだな」
「偉い評論家の先生方はどうかわかりませんが、
少なくとも夏目漱石先生はバカの壁にぶつかっ
たことを認めておられます」
「バカの仲間がいて、よかったね」
「西洋文学を理解することをあきらめた漱石
は方針を変更します。そして、<日本人は如
何なる程度まで、西洋文学を理解することが
出来、如何なる程度がその理解の範囲外であ
るかを、一個の夏目とか云ふ者を西洋文学に
付いて普通の習得ある日本人の代表と決めて、
例を英国の文学中に取り、吟味して見たい>
と思ったのです」
「それが英文学形式論の講義なら、バカな日
本人が己を知る上で参考になりそうだ」



   2007/5/23 (水) 08:26 by Sakana No.20070523082628

「なぜ文学にはさまざまな定義があるのでし
ょうか」
「文学が鵺(ぬえ)のようなものだからだ」
「はあ、文学は鵺なり、ですか」
「サルの顔、タヌキの胴体、トラの手足を持
ち、尾はヘビで、<ヒョーヒョー>と気味の
悪い声で鳴きながら清涼殿に出没する得体の
知れない動物だ」
「そんな怪物にしてしまわないで、正体を科
学的に解明しましょう。漱石先生は文学を形
式(Form)と内容(Matter)に大別し、両者を
理解した上で両者の関係を論じておられます」
「形式と内容に大別するというのは西洋のや
り方で、気にいらない」
「漱石先生はイギリスに留学したのだから西
洋のやりかたをとりいれるのは当然でしょう」
「日本人は日本の土俵で相撲をとるべきだ」
「はあ、相撲の話ですか」
「自分の型(Form)を持ち、自分の相撲をと
れ」
「はい、わかりました、親方。立合に集中し、
前に出る相撲を心がけます」


休講
   2007/5/24 (木) 08:34 by Sakana No.20070524083458

5月24日

「真夏日だというのにセーターなんか着こん
で、どうしたんだ。我慢比べか」
「人生到るところに青山あり、青山到るとこ
ろに伏兵あり。風邪をこじらせないよう警戒
しているのです」
「風薫る五月は一年中でいちばんすごしやす
い時期。それでもきみは風邪をひくのか」
「過去のデータからいえば、私が風邪をひい
て発熱するのは春先と秋口と冬ですが、五月
だってくしゃみは連発するし、咳はゴホンゴ
ホンしている。つまり、発熱しないだけで、
風邪は慢性的にひいているのです」
「先は長くなさそうだが、逝く前に漱石の文
学論のまとめだけはしておいてくれ」
「わかりました。でも、今日は休講にしてく
ださい」


論語
   2007/5/25 (金) 08:24 by Sakana No.20070525082407

「文学とは何かなどと定義をしたがる西洋人
が多いのには驚きました」
「定義をしない文学研究者だっているだろう」
「ええ、<中には文学の概念を述べることな
しに直ちに此を取り扱って居るセンツベリー
(1845-1933)の如き人も居る>と漱石先生は
仰っています」
「日本ではそれがふつうだ」
「そういえば、日本人で文学の定義をした人
の例は聞かないですね」
「高天原から神様がご降臨あそばすように、
文学が天から降ってくる」
「西洋人の定義を紹介する日本人ならいます」
「それは漱石の『文学形式論』の二番煎じに
すぎない」
「中国人は文学を何と定義しているでしょう」
「『論語』先進篇に「徳行は顔淵、閔子騫、
冉伯牛、仲弓。言語は宰我、子貢。政事は冉
有、季路。文学は子游、子夏。」とある」
「子游、子夏?どんな人物ですか」
「たぶん漱石、鴎外のような人物だろう」
「それで文学を定義したことになりますか」
「西洋人はことばで定義をしたがるが、中国
人は人間で定義をしたがる」
「日本人は?」
「日本人は天孫降臨の神の前にひれ伏したが
る」



史記
   2007/5/26 (土) 07:26 by Sakana No.20070526072628

5月26日

「武田泰淳『司馬遷─史記の世界─』(昭和
十七年初版)を読みました」
「ははあ、漱石先生がまともに教えてくれな
いので、東洋人による文学の定義のヒントを
泰淳和尚のレジスタンスの書にもとめたな」
「日本では第二次世界大戦中にレジスタンス
の文学はすべてつぶされ、ほとんどの文学者
が文学報国会に参加したといわれていますが、
こんなかたちでのレジスタンスの書はあった
のですね」
「<司馬遷は生き恥をさらした男である>と
いうのが書き出しだ。泰淳も生き恥をさらし
ながらという意識で『司馬遷─史記の世界─』
を書いたにちがいない」
「司馬遷は匈奴との戦いで李稜をかばったこ
とから腐刑(宮刑ともいう)を受け、宦官に
させられましたが、泰淳は宦官にはなってい
ません」
「転向して、日中戦争に従軍している。キン
タマは無事でも、精神的には宦官になったよ
うなものだ」
「それで、士人として普通なら生きながらえ
る筈のない場合に、この男は生き残った。口
惜しい、残念至極、情けなや、進退谷(きわ)
まった、と知りながら、おめおめと生きてい
た。司馬遷の運命と重ね合わせながら、自分
のことを書いたのですね」
「なぜ生き恥をさらしながら生き続けたのか
わかるか」
「わかるような気がします」




憂愁幽思
   2007/5/27 (日) 08:05 by Sakana No.20070527080514

5月27日

「史記の文学者は、部屋の机にかじりついて、
原稿に筆を走らせてばかりいない。ことごと
く政治家であると、泰淳和尚は書いています」
「パソコンに向かって、キーボードばかりた
たいてはいないと、今ならいうところだな」
「史記の文学者の代表は屈原(前343年-前278
年)です」
「楚の人。春秋戦国時代を代表する詩人で、
政治家としては秦の張儀の謀略を見抜き、踊
らされようとする楚の懐王を必死で諫めたが、
受け入れられず、楚の将来に絶望して入水自
殺した人物だ」
「憂愁幽思して離騒を作ったと、泰淳和尚は
いっています」
「憂愁幽思は志の深さをあらわす」
「そうですね。志の深さは得難いもの。<文
学>とは得難いものと司馬遷はみたのです」
「きみが書き散らした文章には志の深さが感
じられない」
「そもそも、私は志に絶望するニヒリズムか
ら文学をはじめました。処女作はニヒリズム
小説です」
「そんな小説は話にならない」
「漱石だって『私の個人主義』を書いていま
す。志のうさんくささに気がついていたので
はないでしょうか」
「それはイギリスに留学して、西洋文学の影
響を受けたためだが、漱石の文章には憂愁幽
思のかげがある」
「かげなら私の文章にもあると思いますが」
「史記を知らず、屈原を知らない奴の憂愁幽
思などとりあげる価値もない」
「おそれいりました」



離騒
   2007/5/29 (火) 08:29 by Sakana No.20070529082942

5月29日

「屈原の文学『離騒』は如何なる志を述べた
ものであろうか」
「司馬遷をパイプにして吹いた泰淳和尚の煙
のような自問自答だが、して、その答えは?」
「人間は窮すると、かならず、本(もと)に
反(かえ)る。疑われ、讒言された屈原は窮
して、天を呼び、父母をもとめた。本に反り、
根源に下った。そして己の<文学>を述べた。
これが離騒です」
「その<文学>を述べる方法は?」
「司馬遷によれば、それは歴史です。上は五
帝から、下は斉の恒公まで、歴史のあとをの
べ、世事を刺(そし)り、道徳の広大崇高、
治乱の連関継起を明らかにすること。これが
屈原の<文学>を述べる方法でした」
「それでは歴史イコール文学になる。屈原に
は詩はないのか」
「もちろん詩はあります。にごりの中に在っ
て清く、現実世界の外に浮かぶ。けがれずし
て浮かぶもの。それが<文学>です」
「きみの心も時々現実世界の外に浮かんでい
るようだが」
「ええ、でも私のはただの白昼夢。その志を
想い見るに、日月と光を争うもの、という高
いレベルではありません」


形式の客観的条件
   2007/5/30 (水) 08:19 by Sakana No.20070530081956


5月30日

「東洋の文学定義の方面に道草をしてしまい
ましたが、漱石先生が講義する西洋文学の土
俵に戻りましょう」
「文学を形式と内容に大別し、まず形式につ
いて論じるというのが漱石の第一回目の講義
──そこまでは聴いている」
「<文学の形式は読者に快楽を与へるやうに
配列した言葉である>」
「それは漱石の見解か」
「ブルックの見解として漱石が紹介したもの
ですが、漱石も<一切著作(any written work)
の形式(form)は趣味(taste)──好(like)、
不好(dislike)の義で、哲学上の六ヶ(むず
か)しい意味ではない──も訴ふべきものと
定めると、言っています」
「好き嫌いの趣味なら人によって異なる」
「人によって異なるものは漱石先生の講義で
は論じません」
「では何を論じるのだ」
「形式(form)の客観的条件(objective conditions)
を次のように分類(classify)して論じておら
れます」
「きみはこれが理解できるのか」
「帝国大学の講義ですから、正直いって、キ
ビシイです。でも、これを頭にたたきこんで
おかなければ、前に進めません」

Form
I. Arrangement of words as conveying the 
meaning.
 (A) Form pleasant as satisfying intellectual 
demands.
 (B) Form pleasant from various associations 
in a general way, outside of mere intellectual 
demands = Miscellaneous.
 (C) Form chosen by our taste cultivated in 
historical development.
II. Arrangement of words as combination of sounds.
III. Arrangement of words as conveying combinations
 of shapes of words.

I.(A)は智力的要求を満足さすので面白味を感
ずる形式。
 (B)は単に智力的要求を満足さするのみでな
く、種々の連想から興味の来るもの。此を雑の
ものと名付ける。
 (C)は歴史的の発達から趣味の養成せられた
形式。
IIは音の結合から来る興味。
IIIは西洋文学のように二十六のアルファベッ
トの結合した文字では左程の感じを与へること
はないが、支那の文字のやうに、その形状から
興味を起すことの出来るもの。


智力的要求の満足
   2007/5/31 (木) 09:05 by Sakana No.20070531090526

5月31日

「建築家を志したというだけあって、漱石は
科学的な思考をしますね」
「きみはパソコンのマニュアルを読んでも理
解できないとよくぼやいているが、漱石なら
即座に理解するだろう」
「では、漱石が列挙した文学の形式のうち、
まず、I-(A)智力的要求を満足さすので面白味
を感ずる形式について検討したいと思います」
「智力的要求とは、英語でいえば、intellectual
demands。小説などを読むとき、きみはそん
な要求を持っているかい」
「その要求なら持っています。知らないこと
は知りたいと思っておりますし、面白い言葉
の配列に快感を覚えたがっています。言語が
智力(intellect)の自然的順序に配列してあれ
ば、それを読むことが審美的快感(=美感)
につながるようです」
「それでは、どんな文章がきみの智力的要求
をみたすのか、例をあげてみてくれ」
「<山路(やまみち)を登りながら、こう考
えた。智(ち)に働けば角(かど)が立つ。
情(じょう)に棹(さお)させば流される。
意地を通(とお)せば窮屈(きゅうくつ)だ。
とかくに人の世は住みにくい>(『草枕』─
─こんな文章を読むと、私の智力的要求は満
たされます」
「<山路を登りながら>という書き出し、
<智情意>についての哲学的寸言、そして
<とかくこの世は住みにくい>というオチ─
─たしかに、読者にその通りだと納得させ、
快楽を与えるように配列した言葉だといえる」
「"Aesthetic form is the adaptation of 
the object to our faculty of knowing."
(審美的形式は対象物をわれわれの認識機能
に適合させることである)とカントは言って
いるそうです」
「漱石は、そういうことを考慮に入れ、何も
かも計算した上で、建築物をつくるように
『草枕』を書いたのだ」
「そうだったのですか。思いつくがままに書
き散らした随想風の小説だとばかり私は思っ
ていたのですが」




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「夏目漱石の『文学論』を読みとく」 長谷部さかな 著
 Copyright © 2014 Sakana Hasebe