『映画文学人生論』 長谷部 さかな 著

はじめに
(趣旨説明)
 「映画文学人生論」とそれに続く「高齢者文学人生論」は、 「夏目漱石『文学論』を読みとく」から派生した試みです。  岩波文庫版の『文学論』を私が読みはじめたのは2007年5月、 なんとか一通り読了したのが4年半後の2011年11月です。時間を かけたわりには文学とは何ぞやという疑問への答がよくわかった とはいえません。  その後、二読、三読を続けて、視界がすこし明るくなったもの の、脳内の混迷は深まるばかり。ついに開き直って、自己本位で 理解したつもりになるしかないと判断しました。  2011年2月には「映画文学人生論」にとりかかりましたが、これ は私なりに自己本位の流儀でなんとか『文学論』解読のカギを見 つけてやろうと思いついたからです。  テキストは十八世紀の英文学ではなく、明治・大正・昭和の日 本文学の中から選びました。いずれも『文学論』で作品の狙いを 説明できるはずです。また、黒船来航以後の日本人の内発的開化 がなんらかのかたちで反映されていると思います。  ガイドは山本周五郎『青べか物語』の蒸気河岸先生と山田洋次 監督映画『男はつらいよ』のフーテンの寅さんにお願いすること にしました。大衆文学の三文文士と香具師のような行商人では 『文学論』の助っ人として頼りにならないかもしれませんが、文 学は庶民が理解できないほど高級なものではなく、もっと身近な、 親しみやすいものであってほしいと私は思っています。自己本位 の私の意識では、蒸気河岸の先生は猫の飼主の苦沙弥先生とつな がり、フーテンの寅さんは小供の頃から無鉄砲で損ばかりしてい る坊っちゃんとつながっています。  映画文学人生論」の第一ラウンドではなるべく一回分を1200字 で紹介し、最後に五七五の俳句もどきで作品のエッセンスを簡潔 に表現するよう心がけました。才能の乏しい身で1200字や17字で 要領よくまとめるのは困難なことですが、あえて頭の体操のつも りで困難な試みに挑戦してみました。  しかし、第二ラウンドと「高齢者文学人生論」ではさすがに腰 がひけてきて、俳句もどきは自粛し、主として文学作品の作者自 身が詠んだ俳句などを引用する方針に切り替えています。  第三ラウンドは『文学論』にならって十年計画としておきます が、筆者の年齢はすでに苦沙弥先生四十九歳、蒸気河岸の先生六 十四歳、寅さんの六十八歳という没年をとっくに過ぎています。 途中で頓死し、中断した場合はご容赦ください。  いずれにしても、「心に欲するところに従えども、矩(のり)を 踰(こ)えず」をこころがけ、行けるところまでは続けたいと思っ ています。

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