『文学論』──自己本位の読み方のまとめ

長谷部さかな 著
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ノーベル文学賞
   2016/10/22 (土) 06:46 by Sakana No.20161022064613

10月22日

「2016年のノーベル文学賞にシンガーソ
ングライターのボブ・ディランが選ばれまし
た。音楽家のノーベル文学賞受賞は社会学的
にも注目される現象ではないでしょうか」
「はたして授賞式にボブ・ディランがあらわ
れるかどうかも話題になっている。そのよう
なこともふくめて文学の衰滅という社会現象
のあらわれなのか。音楽の隆興という社会現
象なのか、それとも音楽は文学と解するべき
か、どうもよくわからん」
「受賞の理由は、ボブ・ディランがアメリカ
の音楽において新しい詩的表現を切り開いた
ということだそうです」
「そういえば、以前に大江健三郎が受賞した
ときの受賞理由でも詩的想像力があげられて
いた。文学のキーワードは詩なのかもしれな
い」
「ボブ・ディランの代表作は『風に吹かれて』
です」
「今回も選ばれなかった村上春樹にも『風の
歌を聴け』という作品がある」
「社会学的にみると、地球上で風が吹き、人
類が滅亡しないかぎり、詩や歌は衰滅しそう
もありません」
「それなら、音楽は文学だ。詩や歌を包み込
んでさえいれば、文学が衰滅することはない」
「『文学論』からはそんな結論は得られませ
んよ」


検束なき読書法
   2016/10/25 (火) 09:26 by Sakana No.20161025092648

10月25日

「青年の学生につぐ。万巻の書をかたっぱし
から読もうとしてはいけない、かかる検束な
き読書法は、ロンドン留学中の漱石をして茫
然として自失せしめた」
「そうですね。私もひどい目にあった一人で
す」
「かくの如くせば白頭に至るも遂に全般に通
ずるの期はあるべからず」
「私の経験もその通りです。それで、気をと
り直し、漱石先生にならって、根本的に文学
とは如何なるものぞという問題を意識しはじ
めたというわけです」
「文学論を読んでも文学の定義はなく、文学
の大目的の奈辺に存するかもわからない」
「それはそうですが」
「くだらない詩や小説をいくら読みふけって
も、生存競争の役には立たないし、人格の向
上にもつながらない。せいぜいのところ、気
晴らしか、気休めになるだけだ」
「石原慎太郎のように芥川賞を受賞すれば、
東京都知事になれるかもしれないし、川端康
成や大江健三郎のようにノーベル賞を受賞す
れば、世界中に名前が広まります。生存競争
の役にもたつのではないでしょうか」
「才能と運に恵まれた一握りの有名作家に注
目したってあまり参考にはならない。それよ
りも、名もなく貧しく美しくもない無名読者
のために、たとえば、石原慎太郎、川端康成、
大江健三郎らの小説の読書が役にたつかどう
かを考えたほうがよい」
「少なくとも漱石先生の小説、随筆、俳句、
講演、そして文学論は役にたつと私は思いま
す」


学理的閑文字の未定稿
   2016/10/28 (金) 06:14 by Sakana No.20161028061456

10月28日

「『文学論』は学理的閑文字をつらねた未定
稿にすぎない。なぜそんなものを百年後に読
むのか」
「溺れる者は藁をもつかむ、という心境でし
たが、読み続けているうちに、何かが見えて
きたような気もします」
「それは何だ?」
「曰く言いがたしですが、まあ考えるヒント
のようなものです」
「下手な考え休むに似たり」
「それでも考えることに意義があります。根
本的に文学とは如何なるものぞ、という問い
を意識しながら英文学や日本文学を読むのと、
漫然と検束なき読書法を続けるのとでは視界
のひらけかたが違うし、焦点的印象又は観念
Fの鮮明が違ってきます」
「それにしても漱石が未定稿のまま『文学論』
を出版したのは無責任といわざるをえない」
「身辺の事情に束縛されて、原稿を浄写する
暇もなかったので、やむをえず、友人中川芳
太郎氏の協力を仰ぎました。<中川氏他日も
し文界に名を成さば、この書あるいは氏の名
前によって、世に記憶せらるるに至るも計る
べからざるをや>と言っておられます」
「中川芳太郎は文界に名を成したとはいえな
い。けっきょく、漱石の未定稿として世に知
られるようになった」
「未定稿だからいいのです。後世の私たちに
も考える余地を与えてくれたのですから」


十年計画
   2016/10/31 (月) 07:51 by Sakana No.20161031075121

10月31日

「『文学論』は十年計画で企てられた大事業
で、主として心理学社会学の方面より根本的
に文学の活動力を論じることを主意としたも
のです」
「漱石がロンドン留学中、おそらく明治三十
六年(1904)に思いついた企てなのだろうが、
神経衰弱と狂気を克服するために文学論研究
の合間に執筆した『吾輩は猫である』が評判
になり、小説家に転向してしまった」
「研究を続けていたら十年後の大正二年(1913)
には本格的な『文学論』が完成したはずなの
に残炎です」
「それは、どうかな。神経衰弱と狂気が嵩じ
て、もっと早死にしたかもしれない」
「そう考えるとすべてが天命かもしれません
ね」
「則天去私だよ」
「遅ればせながら私も十年計画で文学論を読
み続け、今年で十年目になります」
「きみはこんな退屈な論文につきあいながら
神経衰弱にもならず、狂気にもならないから
ダメだ。それでは天才的なインスピレーショ
ンが湧いてこない」
「『猫』も併読しているので大丈夫です。お
かげさまで風邪もひかず、健康寿命がのびて
います」



文学的内容の分類(再考)
   2016/11/3 (木) 07:57 by Sakana No.20161103075738

11月03日

「第一編 文学的内容の分類、のおさらいを
します。第一章 文学的内容の形式、第二章
文学的内容の基本成分 第三章 文学的内容
の分類及びその価値的等級、です」
「文学的内容論だが、第一章が文学的内容の
形式論となっているところがミソだ」
「凡そ文学的内容の形式は(F+f)なるこ
とを要す、という断定で読者のどぎもをぬく。
私もどぎもをぬかれ、レバ炒めになってしま
いました」
「形式論理学を勉強していないからだ」
「そんな論理学なんか勉強していませんよ」
「無知のくせに、偉そうな態度をとるな。謙
虚に形式論理学の基本を学習せよ」
「判断や推理の抽象的構造 (形式,法則) を
内容と切離して研究する学問のようですね」
「判断も下さず、推論もしない豚に真珠を与
えても意味がない」
「第二章では文学的内容の基本成分が分析さ
れています」
「分析は科学の方法だ」
「漱石先生はロックやヒュームなど英国の経
験論の哲学者やその流れをくむウィリアム・
ジェームスなど米国の哲学者、それからダー
ウィンやスペンサーの進化論の影響を受けて
おられす」
「ノルダウの『退化論』の影響も受けている」
「第三章では文学的内容の分類及びその価値
的等級です」
「その分類も日本文学の正統的分類として継
承されているわけではない。あくまでも漱石
の私的見解として参考程度にとどめておいた
ほうがよい」


印象と観念
   2016/11/6 (日) 07:31 by Sakana No.20161106073119

11月06日

「文学的内容の形式(F+f)のFは焦点的
印象又は観念を意味し、fはこれに附着する
情緒を意味す」
「そもそも、どこからそんな奇妙キテレツな
発想が漱石の頭脳にひらめいたのだろう」
「よくわかりませんが、<印象又は観念>の
説をとなえたのはデイヴィッド・ヒューム
(1711-1776)のようです」
「確認したんだろうな」
「原文を読んで確認したわけではありません
が、『人間悟性論』(Enquiry Concerning 
Human Understanding)によれば、人間の心に
現れる意識または思考のすべてが知覚である。
この知覚には二つの種類がある。すなわち印
象(impression)と観念(idea)である。印象と
は、<心にはじめて現れる時の感覚・情念・
感動のすべて>のことであり、観念とは思考
や推理における勢いのない心像(イメージ)
のことだそうです」
「すると、Fの中にfがすでに附着している。
わざわざ(F+f)としたのはなぜだ」
「情緒fを強調したかったのではないかので
はないでしょうか。いずれにしても、ヒュー
ムの『人間悟性論』を研究する必要がありそ
うです」
「カントの哲学三部作も研究してもらわなけ
れば困る」
「かんべんしてくださいよ」


意識の波
   2016/11/9 (水) 07:02 by Sakana No.20161109070205

11月09日

「文学的内容の形式(F+f)のFは焦点的
印象又は観念なり。この焦点的なる語を説明
せんとすれば、意識なる語より出立(しゅっ
たつ)せざるべからず」
「意識とは何ぞや」
「それは心理学上容易ならざる問題ですが、
<意識の波>という現象に注目すると便利で
す」
「<意識の流れ>ではないのか」
「それは米国の心理学者ウィリアム・ジェイ
ムズが1890年代に最初に用いた心理学の概念
で、<人間の意識は静的な部分の配列によっ
て成り立つものではなく、動的なイメージや
観念が流れるように連なったものである>と
する考え方のことのようです」
「漱石はウイリアム・ジェームズの思想を知
っていたのか」
「もちろんご存じだったはずです。そして、
ジェームズはロック、ヒュームら英国の経験
論哲学やダーウィンの進化論の影響を受けて
います」
「<意識の流れ>の概念は、文学にも応用さ
れ、ジェームズ・ジョイスの『ユリシーズ』、
ヴァージニア・ウルフの『灯台へ』、フォー
クナーの『響きと怒り』、日本では川端康成
の『水晶幻想』、横光利一の『機械』などが
<意識の流れ>の手法をとりいれた代表作と
いわれている」
「狭い意味で考えるとそうなるかもしれませ
んが、広い意味では漱石先生の文学だって、
『猫』からはじまって『明暗』に至るまです
べて<意識の流れ>の文学だと私は思います」


意識の流れ
   2016/11/12 (土) 08:20 by Sakana No.20161112082038

11月12日

「意識の流れについてウイリアム・ジェーム
ズが解説した本というのはどれだ?」
「ちょっと待ってください。『心理学原理』
『プラグマティズム』『根本的経験論』『宗
教的経験の諸相』『多元的宇宙』などいろい
ろあるジェームズの著書のうち『心理学原理』
に、<考えの流れ>という章があります」
「<意識の流れ>ではない?」
「『心理学原理』は教科書としてはあまりに
大部であったために、その短縮版として『心
理学要論』(Psycology, Briefer Course、別
名Textbook of Psycology)が出版されました。
その短縮版では<意識の流れ>という章にな
っています。邦訳のタイトルは『心理学』
(今田寛訳)です」
「まぎらわしくて、所在がわかりにくいね」
「私も探すのに苦労しました。<意識の流れ>
の他にも、視覚、聴覚、触覚など感覚につい
ても『心理学要論』で論じられています。漱
石先生が『文学論』を執筆した動機の一つに
この『心理学要論』(邦訳『心理学』)があ
ることは間違いないと思います」
「しかし、『文学論』では、ウィリアム・ジ
ェームズの『心理学』への直接的な言及はな
い。意識の波の説明が、Lloyd Morganの『比
較心理学』に説くところ最も明快なるを以て
ここには重(おも)に同氏の説を採れりとな
っているし、Ribotの『情緒の心理』なども紹
介しているが」
「近くの図書館で調べましたが、ロイド・モ
ーガンの『比較心理学』だけでなく、『文学
論』で言及されているリボーの『情緒の心理』、
Scriptureの『新心理学』、Grosの『人の戯』
などは見当たりません。ウィリアム・ジェー
ムズの『心理学』(今田寛訳)だけは運よく
借りることができました」
「いちばん影響を受けた書物への言及を避け
て、隠し味にするところが漱石らしい」


知覚と感覚
   2016/11/15 (火) 08:30 by Sakana No.20161115083039

11月15日

「デイヴィッド・ヒューム(1711-1776)に
よれば、人間の心に現れる意識または思考の
すべてが知覚です。この知覚には二つの種類、
すなわち印象(impression)と観念(idea)とが
あります」
「知覚と感覚はどう区別するのだ?」
「ウイリアム・ジェーム(1842-1910)によれ
ば、知覚と感覚の区別は困難です。実際の意
識生活においては、感覚と知覚とは、区別が
つかぬほど相互に混在一体化しています」
「そんな曖昧な説明では困る」
「言えることは、感覚とは意識する際の最初
のものであるということだけです。感覚は神
経刺激流が脳に到達して、まだ何の暗示も与
えず、過去の経験との連合を引き起こす以前
に意識に生じる直接の結果です」
「ヒュームは知覚といい、ジェームズは感覚
という。先に現れるのはどっちだ?」
「感覚器官に何かの印象が生ずるまでは、脳
は深い眠りに陥っており、意識は実際上存在
しません。人間の幼児は、生後何週間もほと
んど絶え間のない睡眠の中で過ごします。こ
の熟睡を破るには感覚器官からの強い音信が
必要だとジェームズは言っています」
「それで?」
「この音信は新たな脳に生まれた脳の中にま
ったく純粋な感覚を引き起こします。そして、
そのような経験は<見えない痕跡>を脳に残
し、感覚器官が伝える次の印象は、呼び起こ
されたこの前回の印象の痕跡が作用している
反応を大脳に引きおこします。このようにし
て、入ってくる刺激流が引き起こし得る意識
は、人生の終わりに至るまでますます複雑さ
を増していくのです」
「複雑さを増しても、ますます馬鹿になるか
もしれない」
「一般に、事実についてのこのようなより高
次な意識を知覚といい、事物が単に存在して
いるという言葉では表しにくい感じを、もし
そのようなものがあり得るとすれば、それを
感覚といいます」
「ウィリアム・ジェームズのような大脳を持
たないきみは、今、自分が何を言ってるのか
わかっているのか?」


文学的内容の基本成分
   2016/11/18 (金) 07:02 by Sakana No.20161118070254

11月18日

「文学論で文学的内容の基本成分として紹介
されているものを以前にまとめたことがあります
が、それを再掲します。
(A)簡単な感覚的要素(Groos『人の戯』)
 触覚、温度、味覚、嗅覚、聴覚、視覚(耀、
  形、運動、色)、その他
(B)人類の内部心理作用(Ribot『情緒の心理』)
 恐怖、怒、同感、恋、嫉妬、忠誠心、複雑情緒、
 その他」
「ウィリアム・ジェームズの『心理学』ではどう
なっているのか」
「視覚、聴覚、触覚、温度感覚、筋肉感覚、痛覚、
運動の感覚について解説されています。(A)簡
単な感覚的要素についてはGrossの分類とほぼ同じ
ようなものでしょう。ただし、ジェームズはその
後で、脳の構造、脳の機能、神経活動の一般的条
件、習慣を論じ、意識の流れを論じています」
「文学的内容の基本成分はすべて感覚的要素だが、
それがどのようにして意識の流れにつながるのか
わからない。説明してくれ」
「それは大脳心理学の問題で、ジェームズがいろ
いろ論じていますが、私にはよくわかりません。
そのうち習慣について述べてある箇所をメモして
おきます。

 神経中枢、特に大脳両半球が習慣を獲得する能
力。ーーー獲得された習慣は生理学的見地から見
れば脳内に形成された神経発射の新通路に他なら
ず、それによってそれ以後入ってくる刺激が流れ
出ようとするのである。観念の連合、知覚、記憶、
推理、意志の教育なども、正にそのような発射経
路が新たに形成された結果として理解するのが最
もよい。
(ウィリアム・ジェームズ『心理学』今田寛訳)」 

「『文学論』には習慣への言及はないぞ」
「根本的に文学とは如何なるものぞ、と考えはじ
めると、その疑問が意識の流れの主題となり、脳
内にいわば文学脳と称されるべき神経発射の通路
が形成されます。文学脳の形成は、文学的内容の
基本成分である感覚的要素の習慣化によるものだ
と思います。習慣とは脳内に形成された神経発射
の新通路を利用することに外なりません」
「漱石がそういうことをきちんと説明していない
のは不親切だ」
「ジェームズは心理学者ですが、医学博士でもあ
り、科学者です。漱石先生はここでは科学に深入
りしたくなかったのでしょう」


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「『文学論』──自己本位の読み方のまとめ」 長谷部さかな 著
 Copyright © 2015 Sakana Hasebe