『文学論』──自己本位の読み方のまとめ

長谷部さかな 著
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温度
   2015/5/28 (木) 06:30 by Sakana No.20150528063053

05月28日

「温度が文学的内容として存在し得る一例とし
て文学論では、キーツの詩『聖アグネスの宵祭』
から引用されています。Ah, bitter chill it was!
(ああ、肌さす寒さ!)
「そんな詩を読んでも、こちらは今、五月、早
くも熱中症でダウンしてしまった。寒くはない」
「単に寒冷の感覚が直ちに(F+f)となって
入り込むにはあらざれども、その感覚を喚起せ
んがために特にこれら諸種の句を陳列せるなり」
「詩を読んだだけでは肌寒くならない」
「では、猫になったと想像して、ひもじさと寒
さを感じてください」
「猫に読み書きができるものか」
「牡猫ムルができるなら日本の猫だって読み書
きくらいはできるし、寒さを感じることもあり
ます」
「暑さ寒さも彼岸まで、というが」
「『彼岸過迄(ひがんすぎまで)』というのは
元日から始めて、彼岸過まで書く予定だから単
にそう名づけたまでに過ぎない。実は空(むな)
しい標題(みだし)である」

 然しひもじいのと寒いのにはどうしても我慢
が出来ん。吾輩は再びおさんの隙を見て台所に
這い上った。すると間もなく又投げ出された。
(『猫』一)

  事実を読者の前に告白すると、去年の八月頃
すでに自分の小説を紙上に連載すべきはずだっ
たのである。ところが余り暑い盛りに大患後の
身体(からだ)をぶっ通(とお)しに使うのは
どんなものだろうという親切な心配をしてくれ
る人が出て来たので、それを好(い)い機会
(しお)に、なお二箇月の暇を貪(むさぼ)る
ことにとりきめて貰ったのが原(もと)で、と
うとうその二箇月が過去った十月にも筆を執
(と)らず、十一十二もつい紙上へは杳(よう)
たる有様で暮してしまった。自分の当然やるべ
き仕事が、こういう風に、崩(くず)れた波の
崩れながら伝わって行くような具合で、ただだ
らしなく延びるのはけっして心持の好いもので
はない(『彼岸過迄』)


味覚
   2015/5/31 (日) 06:52 by Sakana No.20150531065234

05月31日

「次は味覚です。清が笹ぐるみ、むしゃむし
ゃ食べている──そんな夢を坊っちゃんが見
ていますね」
「清はパンダかよ」
「苦沙弥先生はジャムを嘗めるのが好きでし
た」
「ジャムとか藤村の羊羹とか、甘いものを食
べ過ぎて胃潰瘍になった」
「先生は甘党ですね」
「酒も飲めないわけではない」
「大町桂月が飲めというので四杯も酒を飲ん
で、顔が赤くなり、焼火箸のようになったこ
とがあります」
「その辺が限界だろう」

 うとうとしたら清(きよ)の夢(ゆめ)を
見た。清が越後(えちご)の笹飴(ささあめ)
を笹ぐるみ、むしゃむしゃ食っている。笹は
毒だからよしたらよかろうと云うと、いえこ
の笹がお薬でございますと云(い)って旨そ
うに食っている。(『坊っちゃん』)

「近頃はどうです、少しは胃の加減が能いん
ですか」「能いか悪いか頓と分かりません。
いくら甘木さんにかかったって、あんなにジ
ャムばかり嘗めては胃病の直る訳がないと思
います」と細君は先刻の不満を暗に迷亭に洩
らす。「そんなにジャムを嘗めるんですかま
るで小供のようですね」(『猫』三)

「いやー珍客だね。僕のような狎客(こうかく)
になると苦沙弥(くしゃみ)はとかく粗略に
したがっていかん。何でも苦沙弥のうちへは
十年に一遍くらいくるに限る。この菓子はい
つもより上等じゃないか」と藤村(ふじむら)
の羊羹(ようかん)を無雑作(むぞうさ)に
頬張(ほおば)る。(『猫』四)

  もっとも今夜に限って酒を無暗(むやみ)
にのむ。平生なら猪口(ちょこ)に二杯とき
めているのを、もう四杯飲んだ。二杯でも随
分赤くなるところを倍飲んだのだから顔が焼
火箸(やけひばし)のようにほてって、さも
苦しそうだ。それでもまだやめない。「もう
一杯」と出す。細君はあまりの事に
「もう御よしになったら、いいでしょう。苦
しいばかりですわ」と苦々(にがにが)しい
顔をする。
「なに苦しくってもこれから少し稽古するん
だ。大町桂月(おおまちけいげつ)が飲めと
云った」
「桂月って何です」さすがの桂月も細君に逢
っては一文(いちもん)の価値もない。
「桂月は現今一流の批評家だ。それが飲めと
云うのだからいいに極(きま)っているさ」
「馬鹿をおっしゃい。桂月だって、梅月だっ
て、苦しい思をして酒を飲めなんて、余計な
事ですわ」
「酒ばかりじゃない。交際をして、道楽をし
て、旅行をしろといった」
「なおわるいじゃありませんか。そんな人が
第一流の批評家なの。まああきれた。妻子の
あるものに道楽をすすめるなんて……」
「道楽もいいさ。桂月が勧めなくっても金さ
えあればやるかも知れない」
「なくって仕合せだわ。今から道楽なんぞ始
められちゃあ大変ですよ」
「大変だと云うならよしてやるから、その代
りもう少し夫(おっと)を大事にして、そう
して晩に、もっと御馳走を食わせろ」
「これが精一杯のところですよ」
「そうかしらん。それじゃ道楽は追って金が
這入(はい)り次第やる事にして、今夜はこ
れでやめよう」と飯茶椀を出す。何でも茶漬
を三ぜん食ったようだ。吾輩はその夜(よ)
豚肉三片(みきれ)と塩焼の頭を頂戴した。
           (『猫』七)




嗅覚 
   2015/6/3 (水) 06:05 by Sakana No.20150603060552

06月03日

「嗅覚も文学的内容の基本成分の一つです」
「要するに動物的本能の一つ」
「幸か不孝か、いたちの臭い屁と百合の甘い
香をかぎわける能力は私にもそなわっている
ようです」
「しかし、いたちの臭い屁のあとで、百合の
甘い香をかがされると、恋の情緒にひたる気
分にはなれない」
「それは、たまたま嗅覚の例として、二つの
文例をならべただけで、現実の作品を読むと
ときは別々のコンテキスト(前後関係)です。
『猫』を読めば笑えるし、『それから』を読
めば恋の情緒にひたることができるようにな
っています」
「そんな風に、作者の意のままに幻惑されて
いたのかと思うと、腹が立つ」
「いやな臭いや好い香を追体験させてくれた
作者の手際に拍手すればよいのです」
「追体験といっても、それは実体験ではない。
現実には読書からは本の匂いがするだけだ」
「そういえば、昔は本を手にするといい匂い
がしたような記憶がありますが、最近はあま
り感じません」
「それは印刷される本の資質も変わっている
かもしれないが、たぶんきみの嗅覚が衰えて
いるせいだよ」
 
「いたちってけども何鼠の少し大きいぐれえ
のものだ。こん畜生って気で追っかけてとう
とう泥溝(ドブ)の中へ追い込んだと思いね
え」「うまく遣ったね」と喝采してやる。
「ところが御めえいざってえ段になると奴め
最後っ屁をこきやがった。臭えの臭くねえの
ってそれからってえものはいたちを見ると胸
が悪くならあ」(『猫』一)
 
 先刻(さっき)三千代が提げて入って来た
百合の花が、依然として洋卓(テーブル)の
上に載っている。甘たるい強い香が二人の間
に立ちつつあった。代助はこの重苦しい刺激
を鼻の先に置くに堪えなかった。けれども無
断で、取り除ける程、三千代に対して思い切
った振舞が出来なかった。
「この花はどうしたんです。買て来たんです
か」と聞いた。三千代は黙って首肯(うなず)
いた。そうして、
「好い香(におい)でしょう」と云って、自
分の鼻を、弁(はなびら)の傍まで持って来
て、ふんと嗅いで見せた。(『それから』)


聴覚
   2015/6/6 (土) 07:25 by Sakana No.20150606072555

06月06日

「聴覚も文学的内容の基本成分の一つです」
「なんだと」
「耳が遠くなりましたね。雲雀の声が聞こ
えますか」
「声はすれども姿は見えずだが、聞こえる
よ」
「では、昨夜、床の中で花が落ちる音を聞
きましたか」
「そんな音は聞いていない」
「枕元を見て下さい。八重の椿が一輪畳の
上に落ちているでしょう。代助はたしかに
この花が落ちる音を聞いたのです」
「赤い椿白い椿と落ちにけり。河東碧梧桐
も聞いたらしいが、椿が散るときはほんと
うに音がするのか?」
「散るときは音がしませんが、落ちるとき
は音が聞こえます」
「聴覚は微妙なものだな」
「もっと微妙なのは吾妻橋の上で寒月さん
の名を呼ぶ声が聞こえたというのですが、
信じられますか」
「幻聴か、作り話だ。そのネタ元は落語に
あるらしい」

「私は又水を見る。すると遙かの川上の方で
私の名を呼ぶ声が聞えるのです。果てな今時
分人に呼ばれる訳はないが誰だろうと水の前
をすかして見ましたが暗くて何も分りません。
気のせいに違いない早々帰ろうと思って一足
二足あるき出すと、又幽かな声で遠くから私
の名を呼ぶのです。私は又立ち止って耳を立
てて聞きました」(『猫』二)

 忽ち足の下で雲雀の声がし出した。谷を見
下ろしたが、どこで鳴いているか影も形も見
えぬ。只声だけが明らかに聞える。(『草枕』)

 枕元(まくらもと)を見ると、八重の椿
(つばき)が一輪畳の上に落ちている。代助
は昨夕(ゆうべ)床の中で慥(たし)かにこ
の花の落ちる音を聞いた。彼の耳には、それ
が護謨毬(ゴムまり)を天井裏から投げ付け
た程に響いた。夜が更(ふ)けて、四隣(あ
たり)が静かな所為(せい)かとも思ったが、
念のため、右の手を心臓の上に載せて、肋
(あばら)のはずれに正しく中(あた)る血
の音を確かめながら眠(ねむり)に就いた。
    (『それから』)


視覚──耀 
   2015/6/9 (火) 05:51 by Sakana No.20150609055134

06月09日

「視覚はさらに、耀、形、運動、色へと細分
されています。まずは耀(かがやき)から」
「文学論では<苔むした石のかたわらの菫/
人目からなかば隠れて!/──ただ一つ空に
輝く/星のように美しく>というワーズワース
の詩などの文例が紹介されている」
「『猫』では、車屋の黒の眼が琥珀よりも美
しく輝いていたとなっています」
「黒は近辺で知らぬ者なき乱暴猫だ。車屋だ
けに強いばかりでちっとも教育がないから誰
もあまり交際しない」
「それでも琥珀よりも美しく輝く眼を持って
います」
「近辺で嫌われ者の猫の眼が苔むした石のか
たわらの菫と同じように美しく輝くというの
だから大自然の懐の深さがわかる」
「『それから』の高等遊民の代助は最後に、
世の中が真っ赤になりました」
「それは耀きとはちがうだろう。高等遊民も
錯乱すると、頭の中が真っ白になるか、視覚
に写るものがみんな真っ赤になる。きみも気
をつけなさい」

 彼は猫中の大王とも云うべき程の偉大なる
体格を有している。吾輩の倍は慥かにある。
吾輩は嘆賞の念と、好奇の心に前後を忘れて
彼の前に佇立して余念もなく眺めていると、
静かなる小春の風が、杉垣の上から出たる梧
桐の枝を軽く誘ってぱらぱらと二、三枚の葉
が枯菊の茂みに落ちた。大王はくわっとその
真丸の眼を開いた。今でも記憶している。そ
の眼は人間の珍重する琥珀というものよりも
遙かに美しく輝いていた。
      (『猫』一)

 煙草屋の暖簾が赤かった。売り出しの旗も
赤かった。電柱が赤かった。赤ペンキの看板
がそれからそれへと続いた。仕舞には世の中
が真っ赤になった。(『それから』)


視覚──形
   2015/6/12 (金) 06:53 by Sakana No.20150612065335

06月12日

「次は視覚がとらえた形の文例です。『猫』
からは枝ぶりのよい首懸の松、『草枕』から
は湯烟の向こうに見える黒髪の美しい女、を
選んでみました。どうです、この眺めは?」
「松も時なり、女も時なり。時は飛去すると
のみ解会すべからず」
「時は視覚でとらえることができませんよ」
「絵にするのだ。文章でもよい。芸術の醍醐
味はそこにある」
「でもあの女の生身の姿は、そのまま眺めて
いるだけではもったいないような気がします」
「それでは久米の仙人だ。まだまだ修行が足
りない。あの松の枝にぶら下がり、首を縊っ
て死んでしまえ」
「好い枝ぶりの松ですね。どうかしてあすこ
の所へ人間を下げて見たい、誰か来ないかし
らと、四辺(あたり)を見渡すと生憎(あい
にく)誰も来ない。仕方がない、自分で下が
ろうか知らんとも思いましたが、やめました」
「そんな卑怯未練な奴ばかりが長生きして、
高齢化社会になってしまった。ああ、いやだ、
いやだ」
 
「首懸の松は鴻の台でしょう」寒月が波紋を
ひろげる。
「鴻の台のは鐘懸の松で、土手三番町のは首
懸の松さ。なぜこうい名が付いたかと云うと、
昔しからの言い伝えで誰でもこの松の下へ来
ると首が溢りたくなる。土手の上に松は何千
本となくあるが、そら首縊(くびくく)りだ
と来て見ると必ずこの松へぶら下がっている。
年に二三返(べん)はきっとぶら下がってい
る。どうしても他(ほか)の松では死ぬ気に
ならん。見ると、うまい具合に枝が往来の方
へ横に出ている。ああ好い枝振りだ。あのま
まにしておくのは惜しいものだ。どうかして
あすこの所へ人間を下げて見たい、誰か来な
いかしらと、四辺(あたり)を見渡すと生憎
(あいにく)誰も来ない。仕方がない、自分
で下がろうか知らん。いやいや自分が下がっ
ては命がない、危(あぶ)ないからよそう。
      (『猫』二)
 
 注意をしたものか、せぬものかと、浮きな
がら考える間に、女の影は遺憾なく余が前に、
早くもあらわれた。漲り渡る湯烟の、やわら
かな光線を一分子毎に含んで、薄紅の暖かに
見えたる奥に、漂わす黒髪を雲とながして、
あらん限りの背丈を、すらりと伸した女の姿
を見た時は、礼儀の、作法の、風紀のと云う
感じは悉く、わが脳裏を去って、只ひたすら
に、うつくしい画題を得たとのみ思った。
     (『草枕』)
   、   


視覚──運動 
   2015/6/15 (月) 05:05 by Sakana No.20150615050522

6月15日

「次は視覚──運動です。猫の目が廻って
眼から火花が出ました」
「誰が火花を見たのか」
「猫でしょう。猫にも視覚がありますから」
「自分の眼から出た火花が見えるかな」
「見えますよ。私は見たことがあります」
「それよりも、菜の花が一面に咲いている
野の上空で雲雀が十文字にすれ違う景色の
ほうが面白い」
「そういえば、芭蕉の高弟、向井去来の句
に、郭公なくや雲雀と十文字、があります
ね」
「その句は、カッコー、カッコーという郭
公の鋭い鳴き声に、ピーヒョロロという雲
雀の長閑な鳴き声を対比させた聴覚な句だ。
郭公の声を水平にとらえ、雲雀の声を垂直
にとらえて、十文字をなしている」
「聴覚と視覚の十文字が交叉しているよう
でもありますね」

 この書生の掌の裏でしばらくはよい心持に
坐っておったが、暫くすると非常な速力で運
転し始めた。書生が動くのか自分だけが動く
のか分らないが無暗に目が廻る。胸が悪くな
る。到底助からないと思っていると、どさり
と音がして眼から火が出た。(『猫』一)

 横に見下ろすと、菜の花が一面に見える。
雲雀はあすこへ落ちるのかと思った。いいや、
あの黄金の原から飛び上がってくるのかと思
った。次には落ちる雲雀と、上がる雲雀が十
文字にすれ違うのかと思った。最後に、落ち
る時も、上がる時も、また十文字にすれ違う
ときにも元気よく鳴きつづけるだろうと思っ
た。 (『草枕』)


視覚──色
   2015/6/18 (木) 13:00 by Sakana No.20150618130024

6月18日

「猫が昼寝をしているところを苦沙弥先生が
スケッチしています」
「昔、以太利(イタリー)の大家アンドレア・
デル・サルトが言った事がある。画をかくな
ら何でも自然その物を写せと」
「自然その物の猫を自然に写生するならいい
のですが、先生の描く猫は色が違うのです」
「どう違う」
「モデルの猫は黄を含んだ淡灰色に漆の如き
斑入りの皮膚を有していますが、苦沙弥先生
の描く猫は黄でもなければ黒でもない。灰色
でもなければ褐色(とびいろ)でもない。さ
ればといってこれ等を交ぜた色でもない。只
一種の色であるというより外に評し方のない
色なのです」
「天才かもしれない」
「三四郎のほうがよく観察しています。九州
から山陽線に移って、だんだん京大阪へ近づ
いて来るうちに、女の色が次第に白くなるそ
うです」

 然しいくら不器量の吾輩でも、今吾輩の主
人に描き出されつつある様な妙な姿とは、ど
うしても思われない。第一色が違う。吾輩は
波斯(ペルシア)産の猫の如く黄を含める淡
灰色に漆の如き斑入りの皮膚を有している。
これだけは誰が見ても疑うべからざる事実と
思う。然るに今主人の彩色を見ると、黄でも
なければ黒でもない。灰色でもなければ褐色
(とびいろ)でもない。去ればといってこれ
等を交ぜた色でもない。只一種の色であると
いうより外に評し方のない色である。
    (『猫』二)

  女とは京都からの相乗りである。乗った時
から三四郎の目についた。第一色が黒い。三
四郎は九州から山陽線に移って、だんだん京
大阪へ近づいて来るうちに、女の色が次第に
白くなるのでいつのまにか故郷を遠のくよう
な哀れを感じていた。『三四郎』



人類の内部心理作用
   2015/6/21 (日) 05:24 by Sakana No.20150621052411

6月21日

「文学的内容の基本成分としてまず感覚的要
素についてざっと漱石作品から文例をいくつ
かひろってみました 触覚、温度、味覚、嗅
覚、聴覚、視覚(耀、形、運動、色)です」
「感覚的要素は他にもあるぞ。痛覚、圧覚、
皮膚感覚、平衡感覚、崩壊感覚、共通感覚等
々」
「Groos『人の戯』にしたがっています。その
他の感覚の文例は適宜収集してください。次
は、人類の内部心理作用に移りましょう。Ribot
『情緒の心理』により恐怖、怒、同感、恋、
嫉妬、忠誠心の文例をさがしてみます」
「笑と涙がぬけているのはおかしい。漱石作
品の『吾輩は猫である』『坊っちゃん』は笑
が文学的内容の基本成分であり、尾崎紅葉の
『金色夜叉』、泉鏡花の『婦系図』などは涙
が基本成分だ」
「では、おまけとして笑と涙の文例もさがす
ことにしましょう」


人類の心理作用──恐怖
   2015/6/24 (水) 05:48 by Sakana No.20150624054853

6月24日

「人類の心理作用で、文学的内容の基本成分
とみなされるものといえば、まず恐怖です。
渡る世間は鬼ばかりで、コワイ!」
「近頃は黒を見て恐怖するような吾輩ではな
いと強がっているが、車屋の黒も名なしの権
兵衛の黒も猫だろう。猫は人類ではない」
「擬人法の小説ですから、この名なし猫の心理
は人類、おそらくは作者自身の心理とみてよ
いでしょう」
「逆賊門とは名前からがすでに恐ろしい」
「羅生門や地獄門を連想しますね」
「倫敦塔中に生きながら葬られた幾千の罪人
は舟を捨ててひとたびこの門を通過するやい
なや娑婆の太陽に再び照らされることはなか
った。テームズは彼らにとって三途の川で、
この門は冥府(よみ)に通ずる入口であった」
「カロンという渡し守がいて通行料を死者か
ら徴収するそうです」
「地獄の沙汰も金次第──いちばん恐ろしい
のは死にも金がからんでいることだ」

 帰りに例の茶園(ちゃえん)を通り抜けよ
うと思って霜柱(しもばしら)の融(と)け
かかったのを踏みつけながら建仁寺(けんに
んじ)の崩(くず)れから顔を出すとまた車
屋の黒が枯菊の上に背(せ)を山にして欠伸
(あくび)をしている。近頃は黒を見て恐怖
するような吾輩ではないが、話しをされると
面倒だから知らぬ顔をして行き過ぎようとし
た。黒の性質として他(ひと)が己(おの)
れを軽侮(けいぶ)したと認むるや否や決し
て黙っていない。「おい、名なしの権兵衛」
(ごんべえ)、近頃じゃ乙(おつ)う高く留
ってるじゃあねえか。いくら教師の飯を食っ
たって、そんな高慢ちきな面(つ)らあする
ねえ。人(ひと)つけ面白くもねえ」黒は吾
輩の有名になったのを、まだ知らんと見える。
       (『猫』二)

 逆賊門とは名前からがすでに恐ろしい。古来
から塔中に生きながら葬られたる幾千の罪人は
皆舟からこの門まで護送されたのである。彼ら
が舟を捨ててひとたびこの門を通過するやいな
や娑婆(しゃば)の太陽は再び彼らを照らさな
かった。テームスは彼らにとっての三途(さん
ず)の川でこの門は冥府(よみ)に通ずる入口
であった。(『倫敦塔』)


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「『文学論』──自己本位の読み方のまとめ」 長谷部さかな 著
 Copyright © 2015 Sakana Hasebe